「このままでは子どもも、私たち親も共倒れになる」「お金で解決できるなら、退職金を使ってでも業者に頼みたい」
ひきこもりが長期化・高齢化する中で、ご家族の焦燥感は極限まで達しています。そんなご家族の心の隙間に入り込むように、「必ず自立させます」「プロにお任せください」と謳う民間の支援業者、通称「引き出し屋(引き出し業者)」が存在します。
しかし、当ブログの別記事でも警鐘を鳴らした通り、強引な連れ出しはご本人の心を深く傷つけるだけでなく、ご家族にとっても「高額な金銭トラブル」や「法的紛争」に巻き込まれる巨大なリスクを孕んでいます。
この記事では、感情論や道徳論ではなく、あくまで「消費者問題」および「契約・法律」の観点から、引き出し屋のサービス実態と料金体系の“裏側”を徹底的に解剖します。
なぜ数百万円もの費用がかかるのか。契約書にはどんな罠が仕掛けられているのか。もしトラブルになったらどうなるのか。大切なお金を失い、法的責任まで問われないために、契約印を押す前に必ず知っておくべき「冷徹な事実」を解説します。
「引き出し屋」の料金相場と内訳のカラクリ
まず、最も気になる「料金」についてです。公的な支援が無料・安価であるのに対し、引き出し屋の料金は桁違いに高額です。一般的な相場と、その内訳(名目)を見ていきましょう。
初期費用の相場:数百万円~一千万円
業者によって幅はありますが、契約時に支払う「初期費用」だけで、平均して200万円~500万円、ケースによっては1,000万円近く請求されることも珍しくありません。
なぜ、これほど高額になるのでしょうか。業者側が提示する見積もりの内訳には、以下のような項目が並びます。
1. 着手金・相談料(数十万円~)
契約を結ぶための手数料です。まだ何も支援が始まっていない段階で発生します。
2. 移送費・実行費(数十万円~100万円超)
実際にスタッフが自宅に来て、ご本人を連れ出す(業者側の言葉では「説得」「移送」)ための費用です。
高額になる理由は「人件費」です。本人が抵抗することを想定し、屈強な男性スタッフを複数名(3名~5名など)動員するため、その人件費と交通費、宿泊費などが計上されます。実態としては、わずか数時間の作業に100万円近い金額が設定されることもあります。
3. 入所金・施設利用料(前払い分)
連れ出した後に収容する「寮(自立支援施設)」の入所金と、数ヶ月~半年分の家賃・食費・指導費を「前払い」として請求されるケースが大半です。月額費用は15万円~30万円程度に設定されることが多く、これを半年分前払いするだけで100万円を超えます。
継続費用の負担:月額20万~30万円
初期費用を払って終わりではありません。本人が施設にいる限り、毎月の「寮費」「食費」「支援費」が発生します。これが月額20万~30万円程度かかります。
多くの業者は「3ヶ月から半年で自立できる」と説明しますが、実際には「まだ自立は無理だ」「今帰宅させると逆戻りする」などと期間延長を勧められ、支払いが1年、2年と続くケースも少なくありません。結果として、総額が膨れ上がっていきます。
「リスクプレミアム」という見えないコスト
これは見積書には書かれませんが、これほど高額な料金設定の背景には、業者側の「リスクプレミアム(危険手当)」が含まれていると考えられます。
人の家に踏み込み、嫌がる人間を連れ出す行為は、住居侵入や監禁、暴行といった刑事罰に問われるリスクと常に隣り合わせです。まともな福祉事業者は手を出さない「汚れ仕事」を引き受ける代償として、法外な価格設定がなされているという側面があります。ご家族は、その「違法性のリスク」にお金を払っているとも言えるのです。
消費者トラブルの温床:「契約書」に潜む罠
「高いお金を払ったのだから、きちんとしたサービスを提供してくれるはずだ」という期待は、しばしば裏切られます。国民生活センターや弁護士会には、引き出し屋に関する金銭トラブルの相談が多数寄せられています。
トラブルの原因となる、契約上の典型的な問題点を解説します。
1. 「準委任契約」による責任回避
多くの契約は「請負契約(結果を約束する)」ではなく、「準委任契約(行為を行うことだけを約束する)」の形をとっています。
つまり、「必ず自立させる」「必ず就職させる」という結果についての法的責任は負わず、「指導しました」「面談しました」という事実さえあれば、たとえ状況が悪化しても契約不履行にはならない、という建付けです。
2. 返金不可(キャンセル料)条項
「いかなる理由があっても、受領した金員は返還しない」といった条項や、解約時に高額な違約金(キャンセル料)を請求する条項が盛り込まれていることが多いです。
例えば、「本人が施設から逃げ出したので解約したい」「やはり可哀想になったので連れ出しを中止したい」と申し出ても、前払いした数百万円は一切返ってこない、というトラブルが頻発しています。(※こうした消費者に一方的に不利な条項は、消費者契約法により無効となる可能性がありますが、業者側は容易には認めません)
3. 追加請求の可能性
「本人が暴れたので追加のスタッフが必要になった」「備品を壊したので弁償が必要だ」「特別な研修が必要になった」など、後から次々と追加料金を請求されるケースも報告されています。一度契約してしまうと、「ここで断ったら、これまでの支払いが無駄になる」という心理(サンクコスト効果)が働き、親御さんは支払いを拒めなくなってしまいます。
サービス実態の闇:施設の中で何が行われているのか
高額な料金の対価として、実際にはどのようなサービスが行われているのでしょうか。外部からは見えにくい、施設内での実態について、過去の報道や裁判資料などで明らかになっている事例を紹介します。
1. 「自立支援」とは名ばかりの「管理・収容」
Webサイトでは「アットホームな共同生活」「就労スキルの習得」などが謳われていますが、実態は「脱走防止」が最優先された収容施設である場合があります。
・スマホや財布を取り上げ、外部との連絡を遮断する。
・窓が開かないように固定されている。
・常に監視カメラやスタッフの監視下にある。
こうした環境では、自発的な「自立心」が育つはずもなく、入所者は「従順に振る舞わないと酷い目に遭う」という恐怖心から、表面上おとなしくしているだけ(学習性無力感)の状態に陥ります。
2. 専門性の欠如と精神論
公的な支援機関には、精神保健福祉士や臨床心理士といった国家資格を持つスタッフの配置が義務付けられていますが、民間の引き出し屋には法的規制がありません。
そのため、医学的・福祉的な知識を全く持たないスタッフが、「根性を叩き直す」「親への感謝を強制する」といった精神論で指導を行うケースが散見されます。発達障害や精神疾患を抱えているご本人に対し、適切な配慮のない叱責や強制労働的な作業を課すことは、病状を悪化させる虐待行為にもなり得ます。
3. 家族への報告と実態の乖離
ご家族には「お子さんは元気に頑張っています」「就職に向けて前向きです」といった、都合の良い報告だけが送られてくることがあります。面会や直接の電話も「治療の妨げになる」として制限されるため、ご家族は施設内でご本人が実際にどう過ごしているのか、痩せ細っていないか、絶望していないかを知る術がありません。
法的リスク:もし裁判になったらどうなるか
近年、引き出し屋の手法を巡っては、被害を受けた当事者(元ひきこもりの方)が業者や親を訴える裁判が増えており、業者の違法性を認める判決も出ています。
1. 「連れ出し」は違法との司法判断
裁判所は、「成人のひきこもり当事者を、本人の真意に基づかないまま連れ出し、施設に入所させる行為」について、違法性を認める傾向にあります。
たとえ「親の同意」があったとしても、親権の及ばない成人した子供の身体の自由を奪う権限は親にはありません。無理やり連れ出す行為は、民法上の不法行為(損害賠償の対象)となるだけでなく、刑法上の「逮捕監禁罪」や「略取誘拐罪」に該当する可能性があります。
2. 「人身保護請求」という対抗措置
ご本人が施設に軟禁されている場合、支援者や弁護士が「人身保護請求」という法的手続きを行うことがあります。これは「不当に拘束されている人を解放せよ」と裁判所に求める強力な手続きです。
もしこれが認められれば、業者は即座にご本人を解放しなければなりません。過去にも、この手続きによって引き出し屋の施設から救出された事例があります。
3. 親も「加害者」として訴えられるリスク
これが最も恐ろしい点ですが、業者だけでなく、依頼した「親」も共犯(共同不法行為者)として、子から訴えられ、損害賠償を請求される事例が出ています。
「良かれと思って」「業者が大丈夫だと言ったから」という言い訳は、法廷では通用しません。高額なお金を払った挙句、我が子から訴えられ、法的に断罪される。これが、安易に業者を利用した先に待っている最悪のシナリオです。
安全な「移送サービス」との見分け方
なお、誤解のないように補足しますが、全ての「連れ出し」が悪ではありません。医療が必要な状態(自傷他害の恐れがある、極度の衰弱など)の場合、精神保健福祉法に基づく「医療保護入院」のための「民間移送サービス」を利用することは、命を守るために必要な措置です。
【悪質な引き出し屋】と【適法な医療移送】の違い
・行き先:
引き出し屋 → 業者が運営する「寮」や「研修施設」
医療移送 → 「精神科病院」(医師の診察を受けるため)
・根拠:
引き出し屋 → 独自の契約(親の依頼のみ)
医療移送 → 精神保健福祉法などの法的根拠、または医師や保健所の判断
医療的な緊急性が高い場合は、引き出し屋ではなく、まずは「保健所」や「精神科救急」に相談してください。
まとめ:その契約は、あまりに「割に合わない」
引き出し屋の利用を検討しているご家族にお伝えしたいのは、倫理的な問題以前に、消費者として「あまりにもコストとリスクが見合わない、割に合わない取引である」という事実です。
数百万円という老後の資金を失い、さらに「違法行為の依頼主」として法的責任を問われるリスクを背負い、結果として得られるのは「子どもの回復」ではなく「家族関係の完全な断絶」と「新たなトラウマ」である可能性が極めて高いのです。
「お金で解決できる」という甘い言葉の裏には、こうした巨大なリスクが隠されています。もし今、契約を迷っているなら、ハンコを押す前に、一度立ち止まってください。そして、そのお金の100分の1以下のコストで利用できる、公的な「ひきこもり地域支援センター」や弁護士に、まずは「この契約は大丈夫か」と相談してみてください。
それが、あなたとご家族を守るための、賢明な判断となるはずです。